苦難を乗り越え、音楽で感動の種まきを/財団法人 神奈川フィルハーモニー管弦楽団 専務理事 大石修治さん


平日のオフィス街に弦楽アンサンブルの優雅な音色が響き渡る―。
国の重要文化財に指定され、「ジャックの塔」の愛称で親しまれている横浜市開港記念会館(横浜市中区本町1)で、「神奈フィル・ライブ・ジャック vol.1」と銘打ち、「神奈川フィルハーモニー管弦楽団」(横浜市中区元浜町2)はこの春、ミニコンサートを行った。当日は、暴風雨が近づく悪天候だったにもかかわらず、地元のクラシックファンや、近隣のオフィス街に勤める人たちが会場に足を運び、熱心に耳を傾けていた。

オフィス街の昼休みに「癒しのひとときを提供したい」と、中編成弦楽アンサンブルによるこの自主演奏会「ランチタイム・ヒーリング・ストリングス」を企画したのは、同楽団の総合プロデューサーである専務理事の大石修治さんだ。同楽団は、7月17日、神奈川県民ホール(横浜市中区山下町3)で、神奈川フィルブルーダル基金コンサート オーケストラ&舞台芸術の祭典「響け、オーケストラ~音楽の絆~」も予定している。

県内唯一のプロ・オーケストラである「財団法人 神奈川フィルハーモニー管弦楽団」は、1970年に発足。「地域に密着した音楽文化創造」を理念に、神奈川県内を中心に42年にわたって地道な演奏活動を続けてきた。

財団法人 神奈川フィルハーモニー管弦楽団 専務理事 大石修治さん(写真左)と、ブルーダル基金担当 中﨑いづみさん(写真中)と、同基金を応援する横浜育ちのハマッ子・キャラクター「ブルーダル」と一緒に。コンサート終了後の横浜市開港記念会館=横浜市中区本町1=にて撮影

歴史ある楽団だが、演奏者ら70人を抱える楽団の経営は苦しい。過去からの債務超過を抱え、存続の危機に立たされている。この日のコンサートも、2011年2月にスタートした「ブルーダル基金」の寄付を募る目的で行われた。
この基金は、楽団の債務超過を解消し、安定した財政基盤を築くことを目的に、楽団内に設置された基金。2013年7月末までに5億円の募金を目標としている。「今後の音楽文化振興のためにも県内唯一のプロ・オーケストラを応援したい」という、県や横浜市、企業トップらが手を取り合い「がんばれ!神奈フィル 応援団」を結成。県知事が応援団長となり、県民に広く寄付を呼びかけている。

同楽団は、国の公益法人改革に伴い、税制面での優遇が受けられる「公益財団法人」への移行を目指しているが、移行するためには、2013年11月までに300万円以上の純資産が不可欠だという。

「ブルーダル基金」が掲げる寄付金の目標金額は、5億円。県や横浜市などは、個人からの寄付金と同程度の額をそれぞれ同楽団に助成する「マッチング方式」を表明しているため、5億円の目標金額を達成するためには、個人からの募金を1億円集めることが目下の課題となっている。

6月11日現在、個人・法人を合わせた募金の基金合計は6709万1819円。そのうち個人からの寄付金は3762万7872円となっている。東日本大震災や景気の低迷も影響し、目標金額を達成するまでの道のりは依然として険しい。
しかし「銀行と郵便局の口座振り込みによる募金のほかにも、クレジットカード決済が可能なオンライン募金システムを取り入れたことで、県内外からの募金も増えている」と、ブルーダル基金担当の中﨑いづみさんは明るい表情を見せた。

「24年度は、1人でも多くの方から支援をいただけるように、定期演奏会など、自主コンサートに加え、小編成で県内各地をまわり、普段は聴けないような特別な場所でコンサートを開いていきたい。オーケストラファンの裾野を広げ、地域に浸透して、直接、生演奏で喜んでいただけるような新しい企画に挑戦したい」と、大石さんは楽団再建への意気込みを語る。

横浜市開港記念会館で行われた神奈川フィルの「ランチタイム・ヒーリング・ストリングス」コンサートの様子

大石さんが神奈川フィルに就任したのは6年前の2006年。前職は、楽器会社であり音楽文化振興活動と音楽教室事業も手がけるヤマハ株式会社(本社=静岡県浜松市中区中沢町10番)のヤマハ横浜の社長だった。
社長時代には、「地域密着の音楽文化創造実践」として横浜市を中心に神奈川県内各地で子どもから大人まで楽しめる音楽講座やコンサートを多数開催した実績を持つ。また、広報部在任中には、大人の音楽文化向上を目指した「男たちのピアノパーティー」をプロデュースするなど、「音楽で人生を豊かに」という男性の潜在的なニーズを掘り起こし、ピアノブームを演出して新たなマーケットを開拓した。

大石さんは、これまで培ってきた経験を音楽文化振興のために役立てたいとの思いから、財務状態の厳しい神奈川フィルを再建させるべく、いばらの道を進むことを決意した。2009年に民間企業から初めて同楽団の専務理事に就任し、現在は財務の健全化を中心に、マーケティング戦略・ネットワーク戦略・広報広告戦略・演奏技術の向上・コンサートの企画演出・ブルーダル基金の活動と資金調達など楽団経営に関わる全てを統括し、「エグゼクティブ・グランド・プロデューサー」として総合的かつ立体的にオーケストラ改革に取り組んでいる。

「神奈川フィルは、20年以上前から財政の赤字が膨らみひどい状況でした。でも、演奏はすばらしく、ポテンシャルがあった。自分たちが暮らす神奈川の地元にプロのオーケストラがあり、身近にクラシックやオーケストラ音楽が聴ける環境があることは、街の誇りであり貴重な文化財産です。また、文化芸術は市民の持つ公共の財産であり、多くの人々に感動を届けている楽団をなくすわけにはいかない」と思ったと、当時を振り返る。

大石さんにとって、音楽とはどんな存在なのだろうか。「私にとって音楽は、生きていく上でなくてはならない大切な宝物です。人は絶望や苦境に立たされたとき、前を向いて生きていく力が必要となります。音楽がもたらす感動には、人々の心に癒しと潤いと生きる力を与えていきます。そして、言葉も民族も国境も越えて人々の心を一つにする、世界の平和を可能にする力もあると信じています。東日本大震災では多くの人々が心に傷を負いました。音楽の持つ力で被災した人々の心に生きていく強い力を伝えることができればと思っています」と話す。

地域に根ざした楽団として、これまで特に力を注いできたのが、将来を担う子どもたちへの音楽教育事業だ。年間演奏会の3分の1(約50回)を同事業が占めている。夏休みにはファミリークラシックコンサートも行っている。
また、同楽団が主催し県共催のもと、2005年から毎年行っている「子どもたちの音楽芸術体験事業」では、毎年県内の小・中学校でワークショップを行い、オーケストラと子どもたちが一緒に演奏する参加型の音楽体験演奏会を開き、子どもたちに楽器を演奏する楽しさ、音楽のすばらしさを伝えている。

楽団員と子どもたちが一緒に演奏する参加型の音楽体験演奏会の様子

子どもたちの音楽芸術体験事業「夢コンサート」 〈箱根町立湯本小学校=足柄下郡箱根町湯本399=にて撮影〉

「この国の未来を担う子どもたちのために、神奈川フィルは、音楽を通じで“感動の種まき”を10年以上続けてきました。音楽の感動は目には見えないが、子どもたちの心に与える影響は大きい。感動することで心を動かし、自分から何かをやってみようという行動につながり、自立心や創造力を育むことができる」と、大石さん。

「感動の種まきは、すぐに結果が出ません。花を咲かせるまで時間がかかり、手間やお金もかかる。何年かかっても根気強く継続して育てていくことが大切であり、音楽文化の創造には長い時間が必要だ」と続けた。

「感動の種まき」を表した応援マスコット  ブルーダルの4コママンガ

また、「心を豊かにし、創造性と人間性、革新的な力や発想力の豊かさなど、国づくりは人づくりとして、これら音楽や絵画など本物の芸術作品を基礎とした芸術教育は国の施策として、未来に向けて先行投資すべきもの。事業仕分けに取り上げて削るべきではない」と、大石さんは子どもたちへ国策としての芸術教育の必要性を強く訴えた。

神奈川フィルは、2009年から常任指揮者に金 聖響(きむせいきょう)さんを迎え、2010年から全精力を挙げて取り組んでいる「マーラー・シリーズ」が好評を博すなど、音楽的にもますます磨きがかっている。

5年ごとに行っている、雑誌「音楽の友」の調査による「あなたが好きな日本のオーケストラ」のランキング(2011年4月号掲載)では、神奈川フィルは、前回に比べ5倍の票を得て19位から11位と大きく躍進した。定期会員数もこれまで1,000人の壁を超えられなかったが2011年度は1,239人と右肩上がりで増え続け、今年度は1,300人を目標としているという。さらに、定期演奏会の入場率も5年前の60%から83%へと大きく増えている。

7月17日の「響け、オーケストラ~音楽の絆~」では、一般12,000円のチケット料金の4分の3がブルーダル基金への個人寄付として積み立てられる仕組みだ。学生席は3,000円で、料金に寄付は含まれない。

共演者には神奈川県ゆかりのアーティストが集結し、2012年2月に、ローザンヌ国際バレエコンクールで優勝を果たした菅井円加さん(17)=厚木市=の出演も決まっている注目の公演だ。菅井さんが本格的なオーケストラと共演するのは今回が初めて。神奈川フィルの生演奏と菅井さんのバレエがどのような世界をつむぎ出すのか、期待が高まる。
「コンサートで集まる寄付金が、楽団存続の大きな後押しになる。神奈川フィルの音楽で、人々の心を感動の輪でつなぎ、神奈川県を文化と芸術があふれる豊かな地域にしていきたい」と、熱い思いを語る大石さん。「音楽の絆をつなぐひとり」として多くの観客の来場を心待ちにしている。

イベントの詳細は同楽団のホームページへ
財団法人 神奈川フィルハーモニー管弦楽団事務局
横浜市中区元浜町2-13 東照ビル3階
電話:045-226-5045

神奈川フィル・チケットサービス
電話:045-226-5107(平日10時~18時)

▽リンク
神奈川フィルハーモニー管弦楽団 公式サイト
http://www.kanaphil.com/

「ブルーダル基金」への募金はインターネットからも受付ている
http://www.kanaphil.com/bokin/

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【動画】神奈川フィルハーモニー管弦楽団と、世界に一つだけのオリジナル合唱曲を作って歌おう♪-湯河原町立東台福浦小学校 かなマグ.net
http://kanamag.net/archives/27244

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