震災と原発事故で神奈川に転入してきた中高生をサポート/ SDCハート(茅ヶ崎市)副代表・事務局長 金井加代子さん


「神奈川と被災地をつなぐ双方向の事業をしていきたい」と語る金井さん=茅ヶ崎市東海岸北のSDCハート事務所で

「神奈川と被災地をつなぐ双方向の事業をしていきたい」と語る金井さん=茅ヶ崎市東海岸北のSDCハート事務所で

東日本大震災発生からもうすぐ2年。被災地から緊急避難し、不安を抱えながら神奈川県内の学校に転入学して母子だけで生活する世帯も多い。震災発生直後から子どもたちと保護者をサポートし、神奈川の子どもが防災やまちづくりを学ぶ活動も並行する任意団体・SDCハート(茅ヶ崎市東海岸北)。2012年8月には、神奈川県内の高校生・大学生が宮城県気仙沼市を訪れるスタディツアーを企画・実施した。「震災を風化させてはいけないし、神奈川にいる私たちは学ばなければいけない。次世代を育てることも私たちの大事な役割だと思っています」。キャリアコンサルタントという“本業”を生かし、未来を見据えて活動を続けている。

被災地と神奈川をつなぐ

震災前から神奈川県立高校のキャリアアドバイザーを務めていた金井さん。SDCハートは、福島県双葉町出身で神奈川県立高校の補助教員だった知人男性とともに、震災直後の2011年4月発足させた。「彼は神奈川の大学を卒業後は、地元で就職する予定でした。しかし震災で家も仕事も失ってしまった。急きょ、補助教員の仕事を紹介したのです」

福島から緊急避難し、その男性が勤務する高校へ転入した生徒がいた。なかなか新しい学校になじめず元気がなかったという。「同郷のあなただからこそできるケアがあるんじゃない? とアドバイスしました」。県立高校の教員有志の協力もあり、被災地から転入してきた中高生が交流し元気になれる団体を設立した。

笑顔、夢、そして挑戦

SDCはSmile(スマイル)、Dream(ドリーム)、Challenge(チャレンジ)の頭文字からとった。まずは笑顔を取り戻し、夢をあきらめず前向きに歩き出す-。仲間づくりや学習支援、復興支援イベントなどを企画。保護者会を定期的に開くなど、子どもたちと一緒に生活する保護者への支援にも力を入れる。そのほとんどが母親だ。

現在、会員は50世帯ほど。その多くが福島県から避難してきた母子で、将来への不安を抱える。「お母さん同士で共感し、支えあう『県人会』のような形を目指して応援しています。いずれは、SDCハートの運営をお母さん方にバトンタッチしたい」

福島県の高校生は、神奈川よりも製造業に就職を希望する割合が高い。このため、福島の高校生が、神奈川内にある製造業の現場で就業体験をするインターンシップも行った。子どもと母親の支援に加え、被災地と神奈川をつなぐ双方向の事業をこれからも展開したいという。

現地を訪ね、「温度差」を自覚

2012年8月に宮城県気仙沼市を訪れたスタディツアー(SDCハート提供)

2012年8月に宮城県気仙沼市を訪れたスタディツアー(SDCハート提供)

2012年8月、神奈川県内の高校生と大学生36人が参加して3泊4日の被災地スタディツアーを行った。復興支援で気仙沼市に事務所を置く公益社団法人シャンティ国際ボランティア会(SVA、本部=東京都新宿区)に協力を依頼し、避難所だったコミュニティセンターに宿泊。実際に街を歩いたり、震災を体験した人に体験談を語ってもらったりした。

「現地では『復興という気持ちにまだなれない』という方が多かった。自分のことで精一杯だと。そこをあえてお願いしました」。学生たちは、実際に現地を訪ねたことで、初めて被災地と神奈川の「温度差」も感じたという。

もう1年半、まだ1年半…。「観光客気分で来てほしくない」という思いを受け止めながら、次代を担う子どもたちに社会貢献や奉仕の心に気づいてもらいたいと、金井さんは地元との信頼関係を築くため、連絡調整に奔走した。

私たちは微力、でも無力じゃない

会員向けに発行する「SDCハート通信」(SDCハート ホームページより)

会員向けに発行する「SDCハート通信」(SDCハート ホームページより)

スタディツアーを終えて神奈川に帰ってきた高校生と大学生。同月下旬には横浜市内で報告会を開いた。ベビーカーや、封を開けていないジュースが散乱するがれきを実際に見て、その生々しさ、生活感にがくぜんとした。軽々しく「がれき」「復興」と口にしてはいけないと感じたという。

現地を訪れたからこそ学んだものは多かった。「自分が住むまちを防災の視点で見ることができるようになった」「私たちは微力だけど無力じゃない。だから頑張ろうと思った」。子どもたちは多くを学び、自分の言葉で語った。

SDCハートでは現在、会員が集う交流会を開催したり、被災者対象の無料カウンセリングを紹介するなど精力的に活動を続けている。他にも、震災発生から丸2年の今年3月11日、実際に東北の地を訪ねるスタディツアーを実施するのはどうか?など、アイデアは尽きない。

「神奈川に災害が起こったとき、1人のいのちも失いたくない。子どもたちに自分のまちをつくる、守っていくという意識を持ってほしい」。これからも被災した子どもたちと親を支えながら、神奈川の子どもたちの育成にも力を注いでいく。

▽SDCハート

http://www.sdc-heart.com/

この記事を印刷する

週末を利用して、東北で減災を学ぶ。研修ツアー参加者募集中です


かながわ災害ボランティアネットワーク東日本大震災特設サイトより

かながわ災害ボランティアネットワーク東日本大震災特設サイトより

週末を利用して、岩手県沿岸部で減災について学ぶ研修ツアーが、11月30日(金)から12月2日(日)の日程で行われます。

ツアーを主催するのは、神奈中観光。神奈川災害ボランティアネットワークが企画協力しました。釜石市の小中学生のほとんどが津波から逃れて無事だったという「釜石の奇跡」について、現場に立って学ぶ機会もあります。

被災地で長くボランティア活動し、現地をよく知る講師が同行。豊富な資料や現場体験で、神奈川の防災力向上についてのヒントが得られそうです。

未曾有の被害をもたらした東日本大震災。しかし釜石では、数年前から積み重ねてきた防災教育が、多くの児童生徒の命を救っています。この防災教育を参考にしながら、被災現場を自分の足で歩き、感じ、災害に対する備えについて考える「減災研修ツアー」を実施いたします。

【引用元】11/30(金)~12/2(日)減災研修ツアー参加者募集(かながわ災害ボランティアネットワーク東日本大震災特設サイト)

http://ksvn.jp/volunteer_comeon/bosaievent45544.html

 

 

この記事を印刷する

手作りいすを被災地へ。秦野在住の男性がこつこつ製作しています


タウンニュース秦野版より

タウンニュース秦野版より

秦野市在住の男性が、東日本大震災の被災地で暮らす人たちへ贈ろうと、手作りいすをこつこつ製作しています。

実際に被災地の仮設住宅を訪れ、高齢の人が座りやすいいすを考案したという福森さん。夫婦で作業を分担して、ものづくりを楽しんでいます。

得意分野をいかして「自分ができる社会貢献」を考えるきっかけになりますね。

秦野市緑町在住の福森登さん(71)が、東日本大震災の影響により現在でも仮設住宅などに暮らす人たちのために、手づくりでイスを製作。コツコツと作りため30個になり「近々被災地に届けたい」と話している。(タウンニュース 秦野版より)

 

【引用元】手づくりイスを被災地へ(タウンニュース 秦野版)

http://www.townnews.co.jp/0610/2012/10/20/161978.html

この記事を印刷する

現地に行かなくてもできる復興支援ボランティアを広めたい 被災地の写真洗浄活動を続ける/海辺のあらいぐま(茅ヶ崎市) メンバー千葉晃嗣さん、丸田恵吾さん


海辺のあらいぐまメンバーの千葉晃嗣さん(右)、丸田恵吾さん(左)=茅ヶ崎市で

海辺のあらいぐまメンバーの千葉晃嗣さん(右)、丸田恵吾さん(左)=茅ヶ崎市で


湘南・茅ヶ崎市で、東日本大震災による津波によって壊れた家屋から流出し、持ち主が分からなくなり、汚れてしまった写真を洗浄するボランティア団体「海辺のあらいぐま」を運営している千葉晃嗣さんと丸田恵吾さん。本業はカメラマンでもある2人。2011年夏、東北地方でボランティアをしている際に、津波で流された拾得物の展示場を訪れた。そこで、持ち主の元に戻れず、腐食した写真を目にして衝撃を受けた。その後、東京で写真洗浄をしているボランティア団体があることを知り、参加。その後、その支部として茅ヶ崎で「海辺のあらいぐま」をスタートした。その活動と今後について千葉さんに聞いた。

一刻も早く持ち主に戻したい
東北復興支援のボランティアとして、2011年夏、東北地方にある拾得物の展示場で津波によって流された写真を目にした千葉さんは、笑顔で写っている結婚式のスタジオ写真や幸せな日常のスナップ写真が、まるで燃えてしまったかのように変色しているのを見て衝撃を受けた。

バクテリアが写真のゼラチン質を食い荒らし、写真の表面が溶けて黄色や赤の層が染み出ていた。津波で流されたアルバムは、自衛隊や消防団、地元住民が瓦礫を撤去している際に見つかることが多く、腐食が激しい。早く洗浄しないと劣化が進み、腐食し、最悪の場合は、像が消えて真っ白になってしまうという。「どの写真も『大切な思い出』だったのだろうな。『この写真に写っている人たち、今どうしてるんだろう?』という思い、また『写真の中の幸せ』と『消えそうになってしまっている写真』とのギャップに、ショックを感じました」。

最初のボランティアに参加後、被災地の写真を預かって洗浄している東京都武蔵野市のボランティア団体「あらいぐま作戦」の存在を知り、同活動に参加。今すぐ洗浄する必要がある写真が大量にあり、とても1ヵ所では追いつかないという状況だったが、さらに追い打ちをかけるように、作業場としていた木造アパートの取り壊しが決定していた。

このため「あらいぐま作戦」では新たな洗浄拠点を探していた。そこで千葉さんは、居住している茅ヶ崎のマンションで理事会に相談。幸い理解を得られ、共有スペースである娯楽室の使用できることになった。「あらいぐま作戦」に参加していた横浜・湘南地区のメンバー5人による「海辺のあらいぐま」は、こうしてスタートした。

千葉さんは「リーダーなんて向いていないし、パソコンも持っていない。洗浄経験も数えるほど…。そもそも茅ヶ崎のような小さな街で参加者が集まるのか?」と思いながらも、Twitterやブログ、ボランティア募集の掲示板に掲載する方法をメンバーに教えてもらいつつ、すべてを手探りで始めた。

ボランティアで洗浄ノウハウ共有
傷んだ写真の洗浄は、アルバムから写真を丁寧に剥がすことから始まる。その後、大まかに汚れを落としてからすべての写真をスキャンしてCD-ROMに収録。筆や指を使って水洗いしたり、細かい汚れは歯ブラシや化粧パフ、綿棒などを使って落としていく、女性の参加者からの提案で導入した化粧小物が役立っているという。

CD-ROMに収録した写真は筆や指を使って、丁寧に水洗いする。

CD-ROMに収録した写真は筆や指を使って、丁寧に水洗いする。

カビの繁殖を防ぐため、写真を完全に乾燥させてから、新しいポケットアルバムに収納し、最後にCD-ROMを添付。写真の持ち主に発見してもらいやすいように、表紙に集合写真を貼付けたり、キーワード「結婚式」、「○×小学校卒業式」、「海水浴」などを書き出すように工夫している。これらのアルバムは作業終了後、東北各地の展示場や、仮説住宅での出張展示会に送られる。その後、半分以上は持ち主が見つかっているとのこと。

洗浄後の写真が完全に乾燥するように室内で陰干しする。

洗浄後の写真が完全に乾燥するように室内で陰干しする。

「海辺のあらいぐま」では、募金等は行わず、参加者に交通費を負担してもらう代わりに、作業に必要な小物や消耗品は千葉さん、丸田さんが用意するという形で運営している。またマスクや紙製アルバム、印画紙などは、被災地の写真洗浄を支援している富士フイルムが支給している。

写真洗浄をボランティアの一歩に
活動を始めて1年が経った。週2回、毎回約20人参加している。インターネットを使った告知が効を奏し、現在では、実参加人数340名以上。洗浄枚数約2万枚(アルバム900冊)、そのすべてをデジタル化している。関東各県から参加があり、そのほとんどがボランティアに初めて参加するという人ばかり。また、海外在住の方から「一時帰国に合わせて参加したい」という問い合わせもあり、インターネットのありがたさも感じている。

これらのアルバムは作業終了後、東北各地へ送られる。

これらのアルバムは作業終了後、東北各地へ送られる。

震災後、ボランティアをしたいと思っていたものの「被災地での活動は体力などに不安があって踏み出せなかったが、写真洗浄ならできそう」という人が多いという。千葉さんは「被災地を支援したいという温かな気持ちに触れると私たちもうれしい。この活動を通じて、広い意味で隣の人のことを考えられる機会がもっと増えるといいなと思います。被災地でなくてもできるボランティアがあることを知ってもらいたい」と語る。

東北でのボランティアに参加している人も多く、昼食時に情報交換をすることもある。また参加者が「海辺のあらいぐま」以外のボランティア団体の活動を体験し、持ち帰ったパンフレットは作業場に貼るようにしている。地域の活動に関心を持ってもらい、他のボランティア活動を始めるきっかけを提供する場にもなっている。「湘南発の小さなボランティア」がやがて大きな輪になっていくように、千葉さんたちは活動を続けていく。

参加者が体験した他のボランティア団体のパンフレットも作業場に貼っている。

参加者が体験した他のボランティア団体のパンフレットも作業場に貼っている。

▽リンク
海辺のあらいぐま
http://beachguma.blog.fc2.com/

写真救済プロジェクト(富士フイルム)
http://fujifilm.jp/support/fukkoshien/

この記事を印刷する

海老名市の警備会社開発の「トイレカー」 被災地やイベントで活躍


トイレカーの前で、「弱い立場の人に笑顔になってほしい」と話す八木社長(東京新聞 TOKYO Webより)

トイレカーの前で、「弱い立場の人に笑顔になってほしい」と話す八木社長(東京新聞 TOKYO Webより)

海老名市の警備会社「優成サービス」が開発した「トイレカー」が、東日本大震災直後から被災地で活躍し、注目を集めています。

装備しているトイレがバリアフリーのため、県内外のイベントへの「出動」要請が相次ぎ、九月一日には、千葉県市川市での九都県市合同防災訓練の会場に展示される。十月には、岐阜県で開かれる全国障害者スポーツ大会でも参加者らをサポートする。

トラックの荷台にトイレを積んでいるトイレカーはもともと、二〇〇七年に道路の工事現場で働く社員用に開発された。その後、車いすの障害者向けに改造された。八木正志社長(63)は「車いすの方がイベントに参加するときは、用足しが難しいため、飲食を我慢している。気軽に参加できるようにしたかった」と話す。

同社が所有する四台のうち、二台は震災直前に同社がつくったNPO法人「やさしくなろうよ」が、岩手や宮城の被災地に設置。今年五月までに延べ一万六千人が利用した。今月十九~三十日には、岩手県の宮古市から陸前高田市までの百五十キロを車いすで旅行した団体に随行した。

県内でも地元・海老名市とトイレカー使用で協定を結び、イベントなどに出動。横浜市などからも引き合いがあり、川崎市からは今年三月、「かわさき基準」の福祉製品として認証を受けている。

また、経済産業省や海老名市、関東商工会議所連合会などから相次いで表彰を受け、七月には改良のための開発費が、中小企業庁の助成対象になった。

トイレカーの製作に、一台当たり約千五百万円を費やした八木社長は「採算面では厳しい部分が多いが、人間は生きるために笑顔が必要。弱い立場の人にも笑顔になってほしい」と意気込んでいる。

評判が広がり、全国から引っ張りだこのトイレカー。災害時だけでなくイベントなど、これから活躍の場が広がっていきそうですね。

【情報源】トイレカー 広がる笑顔 被災地で活躍、イベントにも引っ張りだこ(東京新聞 TOKYO Web)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20120831/CK2012083102000117.html

▽リンク

優成サービス

http://www.yousay.jp/index.html

この記事を印刷する