2012年2月、神奈川県西部の足柄地域に23名の「足柄茶コンシェルジュ」が誕生した。「足柄茶コンシェルジュ」は、足柄茶の基礎知識や足柄茶を茶席で提供する作法、お茶とかかわりのある周辺地域の観光案内などの講座を受けた市民が、同地域活性化のためのPR役となるもの。神奈川県農協茶業センター(以下、JA足柄茶・山北町)と、県産茶葉の普及に取り組む「足柄茶コミュニケータ連絡会」が企画した。
同講座を企画したメンバーの一人石崎雅美さん(45)=開成町=は、FM小田原のパーソナリティで日本茶アドバイザー。生まれは小田原、育ちは足柄地域である石崎さんは、季節ごとに姿を変える同地域の自然の恵みを空気のように感じていたという。
実際の茶畑で講座をおこなう石崎雅美さん
大学卒業後、フリーペーパー・ケーブルテレビ・コミュニティFMと、媒体を変えながら地域のPRを仕事としていくうちに「都心の人は足柄地域の自然や歴史に魅力を感じているのに、地元の人は気づいていないのでは」と感じ始めた。
石崎さんは「この地域の魅力を、地元の人にこそもっと知ってもらい、地域から発信してもらいたい」と、自身の担当するラジオ番組内で特産である足柄茶をふるまい、茶の種類や茶菓子を紹介するコーナーを始めた。「足柄茶は『味と香りの足柄茶』というキャッチコピーで知られています。山間部で育つお茶が多いので茶摘み時期に霧がかかり日光がさえぎられることで、他の産地とは異なり新茶に覆いをかぶせなくとも旨み、甘みが濃いお茶になります。」と石崎さん。
番組を続けていく中で、足柄茶を軸に同地域の風土や伝統、和菓子の匠の技などがつながっていくのを感じ、「お茶は足柄地域を発信するツールだ」と考えるようになった。足柄茶は他の産地と比べ、旨み・甘さが濃く味わい深い。しかも低価格なので幅広い層に受け入れられている。足柄茶を通して地域の魅力を伝える人材を育てようと企画したのが、「足柄茶コンシェルジュ養成講座」だった。
2011年5月。神奈川県内で生産されたお茶を、生産から販売まで一貫して手がける、神奈川県農協茶業センターから「今年の新茶は素晴らしい出来ですよ」と石崎さんに知らせが入った。製茶された茶葉も11日に手元に届き、同講座の準備をしていた石崎さんは期待に胸を躍らせていた。
講習で訪れた南足柄市の茶畑
しかしその5月11日、南足柄市内で採取した茶葉から、(当時の)食品衛生法に基づく放射性セシウムの暫定基準値(1キロあたり500ベクレル)を超える570ベクレルが検出されたと神奈川県から発表があった。
県は、周辺の市町村を含む今年の県内産の「足柄茶」茶葉の回収と当面の出荷自粛などの措置を、南足柄市や農協に要請した。県農協中央会の調査で、被害総額は一番茶(荒茶ベース)だけで約3億4000万円とされたが、正確な数値は計算できないという。
テレビのニュースで発表を見た石崎さんはすぐに同センターに連絡を入れたが電話は通じず、3日後に連絡が取れた同センターからの回答は「着払いで返品してください」とのことだった。
茶葉を返品した石崎さんは、悲しいとも悔しいともいえない気持ちに包まれた。茶農家で働く人の気持ちを考えると「企画する側の自分が落ち込んでいる場合ではない」と思いながらも、なかなかショックから立ち直ることができなかった。「講座の準備を進めることもできなくなってしまった」と、当時を振り返る。
ふさいだ毎日を送っていた石崎さんだったが、7月に入り足柄をツアーで訪れた観光客に、足柄ブランドの「足柄うまみ茶・花里(はなり)の雫」を提供する機会が訪れた。「すすり茶」という蓋付きの茶器に直接茶葉を入れてお茶を飲む作法などを一緒に楽しむ中で、じかに「がんばって」と声をかけられたり、応援の意味を込めて足柄茶を購入する人たちを見たり、足柄の自然をお茶を通して楽しむ人たちとのふれあいの中で、石崎さんは「多くの人が足柄茶を応援してくれている」と実感できた。「こんなピンチの時だからこそ、あたためていた『足柄茶コンシェルジュ養成講座』を世に送り出して、足柄茶と足柄の素晴らしさを多くの人に伝え、魅力と安全性を発信しよう」と決心。ふたたび、動き出した。
2011年11月末から始まった同講座には、「足柄茶の魅力を様々な角度から学んで、受講者それぞれが発信できるようになってほしい」という石崎さんらの思いが込められている。足柄茶の基礎知識のほか、おいしい足柄茶のいれ方、茶菓子をのせる懐紙の折り方、産地や工場の見学、足柄観光のガイド方法、文化施設での茶席の実践など、石崎さんの知識と経験を生かしたプログラムとなった。
講座を受ける受講者たち。メモを取ったり、積極的に質問をしたりと意欲的だ。
また受講生は、JA足柄茶が管理する茶畑(南足柄市)も視察した。同職員が茶葉を手に、通常摘み取って出荷するはずの一番茶をすべて落としてセシウム除去処理をしたこと、その落とされた葉がついた土壌からはセシウムは検出されないことなどを解説。石崎さんは、説明を聞く参加者を真剣な表情で見守っていた。「消費者でもある受講者の不安を取り除こう」という石崎さんの視点と「安全でおいしいお茶を供給したい」という茶産地の思いが、この視察には凝縮されている。
足柄茶コンシェルジュ講座修了生は、2月11日から3月10日まで足柄上郡(南足柄市・山北町・松田町・開成町・中井町・大井町)一帯で開催中の「ASHIGARAアートフェスティバル」ですでに活動を始めている。同フェスティバルは土曜日・日曜日を中心に、足柄地域の市町を順に巡回していくスタイルを取っている。各町の公民館に、足柄ブランド「足柄仕立て」(煎茶)を提供する茶席が準備されている。
コンシェルジュとしてデビューしたメンバーの一人は、「がちがちに緊張したが、お客さんにお茶を楽しんでいただこうと気持ちを切り替えてお茶をいれていたらなんとかなりました」と話す。今後もコンシェルジュたちは、同地域のイベントや独自に開催するティーサロンなどで、足柄茶・足柄地域をPRしていく予定だ。
「講座は修了しましたが、足柄茶、足柄地域についての学びはまだ始まったばかり。地元の茶農家さんをはじめ茶業関係者の皆さん、観光、食に関する事業に携わっている方など、たくさんの方から関心をもっていただきました。今後みなさんのご期待に応えていけるように気を引き締めて活動していきたい」と石崎さん。食の安全・自然の大切さがより重視される社会だからこそ、これからも、お茶の楽しさを発信しながら、足柄の自然や風土の魅力を伝えていく決意を新たにしている。
▽リンク
石崎雅美さん番組ブログ「まーしゃ’S Cafe」
http://ameblo.jp/dzn02000/
かながわ生まれの逸品 「すすり茶『足柄うまみ茶 花里(はなり)の雫』」 – 神奈川県ホームページ
http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f8205/p30539.html
【関連記事】
足柄茶の魅力伝える「足柄茶コンシェルジュ養成講座」開講へ – 小田原箱根経済新聞
http://odawara-hakone.keizai.biz/headline/713/
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