原爆の日に想いをよせて・・・。大船観音寺の「原爆の火の塔」


大船観音寺HPより

大船観音寺HPより

広島生まれの友人たちは、どこにいても、8月6日午前8時15分に黙祷をささげることを忘れない。
本日66回目の「原爆の日」を迎える日本。

その原爆投下後の残り火は、現在25都道府県の45カ所、海外でもニュージーランドとカナダで、未だにともし続けられています。
神奈川にも、その「原爆の火の塔」があるのをご存知ですか?

今夜8月6日、18時から行われる、「第五回 イマジン原発のない未来 鎌倉パレード」では、この原爆の火を行灯に分火し、共に歩きます。
到着後、原爆の火を原発がなくなるよう祈りを込めて皆で消す「祈りの火 消燈セレモニー」があるそうです。

今日のこの日、ゆっくりと平和について考えてみたいですね。

昭和45年4月、被爆25周年にあたる事業として神奈川県原爆被災者の会が、大船観音寺の境内に「原爆犠牲者慰霊碑」を建立しました。
慰霊碑の右手には「原爆の火の塔」があります。福岡県の南東、大分県との県境に星野村があります。この村で生まれ育った山本達雄氏は召集を受け、昭和20年8月6日広島の陸軍野営部隊で本隊へ向かう汽車に乗っていました。午前8時15分、原爆が投下されます。燃えあがる広島の街。汽車は止まり、市内に住む叔父の安否を気遣い、市街地を捜しまわります。8月15日、終戦。帰郷に際して、一片の形見を求めて叔父宅辺りを掘ると、残り火がまだくすぶっているのを見つけ、火をカイロに移します。その火は星野村の自宅に持ち帰られ、仏壇に灯されます。山本氏はこの火を絶やさないよう、囲炉裏や火鉢に移し、23年間家族とともに秘かに守り続けます。昭和41年、村の特産である茶の取材に来た新聞記者に長年の思いを伝えます。「叔父の供養の火であり、原爆で亡くなった人々を弔う火であり、恒久平和を願う火であり、怨念の火です」と。このことによって「原爆の火」は、初めて世に知られることになります。昭和43年8月6日、原爆の残り火は、山本家から星野村役場前に建立された「平和の塔」に移されます。この「平和の塔」から分火されたものが、大船観音寺の「原爆の火の塔」に今も灯っているのです。

【情報源】
大船観音寺ホームページ
http://www.oofuna-kannon.jp/07genbaku/index.html
▽関連サイト
イマジン 原発のない未来
http://imagine.greenwebs.net

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