東海大生のチャレンジ!「3.11生活復興支援プロジェクト」で公民館建設手がけた学生らに聞く


3.11生活復興支援プロジェクト・ロゴ
 8月3日(水)18時半~かながわ県民センター11階(横浜市神奈川区鶴屋町)で 「~大学は何が出来るのか~東海大学チャレンジセンター 3.11生活復興支援プロジェクト」報告会が行われる。報告会を前に、同プロジェクトのアドバイザーである東海大学工学部建築学科の杉本洋文教授、同大工学部建築学科4年で3.11生活復興支援プロジェクト広報担当の山内昇さん、同じく工学部建築学科4年で同プロジェクトコミュニティケアチームリーダーの川崎優太さんに話を聞いた。

 3.11生活復興支援プロジェクトは、被災地の生活再建のため東海大学が立ち上げたものだ。応急住宅・ライフメディア・コミュニティケアの3チームに分かれ、各方面から被災者の支援を行ってきた。
 応急住宅チームは、被災地に被災者・ボランティアが集える空間を提供、ライフメディアチームは災害地でのコミュ二ティ・メディアを活用した情報発信、コミュニティケアチームは被災者の健康面やメンタル面のサポートを中心に活動している。

 杉本教授の研究室は「平塚ビーチハウスプロジェクト」という活動を4年間続けてきた。この活動は地元平塚の町おこしのため、企業や団体とコラボレーションをしながら、実際に平塚の海岸に海の家=ビーチハウスを建築するというプロジェクトだ。
 震災後、地域とのコラボレーションと建築の実績というノウハウを被災地で生かせないかという学生たちの意見で、急遽今年の「平塚ビーチハウスプロジェクト」を「応急住宅プロジェクト」に変更することとなった。
 新潟中越地震の際にも、応急住宅を提供していた杉本研究室では、学生の意見を広く受け入れる素地もあった。応急住宅プロジェクトに関わる企画や工事管理、地域との交渉など、建築工務店がやるような作業はすべて学生たちが行った。
 
 5月に岩手県大船渡市越喜来泊(おきらいとまり)地区に建設した1棟目の「泊地区公民館」は、被災地で最初に建設された公民館となった。
 この建物は、26.1平方メートルの木造。間伐されたひのき角材の基本ユニットを積み重ねる「ウッドブロック構法」で建てた。納期は8日で、学生10名と現地ボランティア5~6名、提携企業が手配した現地の大工、ソーラー設備スタッフ計3名の約20名で建築にあたった。
 現在この公民館は、地域住民のコミュニケーションの場となっており、ボランティアの宿泊場所にも使用されている。当初は仮設住宅を建設しようと企画を持ち込んだが、結果的には多くの人が共有する公民館という形になった。「住民同士のコミュニケーションの場を作ることができてよかった」と、杉本教授は笑顔を見せる。

3.11生活復興支援プロジェクトHPより

3.11生活復興支援プロジェクトHPより

 
 応急住宅チームが建築した建物は既に2棟。現在は3棟目の計画に入っている。この企画に関しては卒業生をはじめとする「東海大学のさまざまな人のつながりが不可欠だった」と杉本教授。応急住宅に設置する電気は同大学のソーラーのプロフェッショナルが、被災地の建築場所の交渉などはOB会を通じて岩手・宮城の同窓会メンバーが動いた。その上で、学生たちが迅速に対応したことで震災後2カ月というスピードで公民館が完成した。  

 応急住宅メンバーの一人である山内さんは「震災が起こった日の周辺で、今年のビーチハウスプロジェクトの計画を立てているところだったため、それを被災地への応急住宅へスライドさせるのは自然な流れだった」と振り返る。
 また大学4年生の大事な時期に、山内さんがプロジェクトに関わり続けているのは、現地に受け入れてもらえた喜びからだ。応急住宅建築時に共に作業をすることで打ち解け、ボランティアで来ている学生たちにまで炊き出しをふるまってくれたり、積極的に現地の話を聞かせてくれたりと、信頼関係も生まれていったという。
 およそ60世帯・200人の住民が暮らす小さな泊地区に公民館を建設したことで、この地域にしっかり入り込むことができた。2度、3度と足を運ぶことにより住民とのつながりが強固となり、今はまちづくり自体も依頼されているという。
 「研究室では図面を書くことが主な作業なので、実際に現場に出て施工できたことは非常にプラスになった」と話す山内さんは、大学院進学が決まっており、今後もこのプロジェクトに深くかかわっていくつもりだ。

3.11生活復興支援プロジェクト・山内さん(左)と川崎さん。東海大学内杉本教授の研究室にて

3.11生活復興支援プロジェクト・山内さん(左)と川崎さん。東海大学内杉本教授の研究室にて


 
 住民のメンタルケア・生活環境・生活福祉のサポートを目指すコミュニティケアチームの川崎さんは「ハードである建物が完成し、住民との関係が築かれつつある今、寄り添ってニーズをリサーチしていきたい」と話す。
 川崎さんは被災地の一つである茨城県の出身。このプロジェクトに関わったことで、地元での就職が決まったという。「卒業後はこの経験を生かし、地元の復興の一助となれたら」と控えめに語る。
 
 8月3日に県民センターで開催する報告会では、こうした被災地と若者のコミュニケーションの軌跡をさまざまなエピソードを交えながら、スライドなどで紹介し、ボランティアでたくましくなった大学生たちの生の声に触れる機会となりそうだ。

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