小惑星探査機「はやぶさ」人気も手伝い、相模原市「新田稲荷神社」の境内にある「呼ばわり山」がパワースポットとして話題になっています。


呼ばわり山は新田稲荷神社の境内にあり、鳥居をくぐり階段を上るとほこらがある(タウンニュース さがみはら版 ホームページ)

呼ばわり山は新田稲荷神社の境内にあり、鳥居をくぐり階段を上るとほこらがある(タウンニュース さがみはら版 ホームページ)


相模原市「新田稲荷神社」の境内にある「呼ばわり山(今熊神社)」が静かな人気を呼んでいます。以前、小惑星探査機「はやぶさ」が消息を絶った際、当時はやぶさのリーダーを務めていた川口淳一郎JAXA教授が「発見祈願」に毎夜訪れていた後、感動の帰還を果たしたからなのだそう。それが新聞や書籍で取り上げられ、今や「呼ばわり山」はパワースポットとしても話題になっています。

2014年のはやぶさ2の打ち上げに合わせて、イベントも予定されているので、まずは一度足を運んでみてはいかがでしょうか?

はやぶさ帰還「願掛けの地」
新田(しんでん)稲荷神社(河本文雄総代会会長/中央区共和1の11)の境内にある呼ばわり山(今熊(いまくま)神社)がいま、静かに注目を集めている。

【情報源】
はやぶさ帰還「願掛けの地」(タウンニュース さがみはら版)
http://www.townnews.co.jp/0301/2012/09/13/157174.html

▽リンク
神奈川県神社庁 新田稲荷神社
http://www.kanagawa-jinja.or.jp/search_dtl.php4?jid=614&cd=1208219&scd=&npg=1

この記事を印刷する

宇宙を素材に、多彩な活動ができる「新しい科学館」を創りたい-はまぎん こども宇宙科学館・館長 的川泰宣さん


「はやぶさ2の特徴は?」「宇宙に興味を持ったのはいつ?」「なぜ館長になろうと思ったの?」。子どもたちから次々に質問が飛ぶ。3月末に開かれた「はまぎん こども宇宙科学館」(横浜市磯子区洋光台5-2-1)新館長就任講演会でのやりとりだ。一人ひとりに微笑みながら、丁寧に答えていたのは、日本の宇宙活動の「語り部」であり、「宇宙教育の父」である的川泰宣さん(70)。宇宙航空研究開発機構(JAXA)技術参与・名誉教授で、小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトメンバーとして現場を見守り続けてきた。映画「はやぶさ/HAYABUSA」(20世紀フォックス映画、2011年)の西田敏行演ずる主人公のモデルは、的川さんだ。一方、JAXAを定年退職後も、08年にNPO法人「子ども・宇宙・未来の会(KU-MA)」(相模原市)を立ち上げ、宇宙をキーワードに、子どもたちが育つ家庭と地域の絆を深めようと、全国各地を飛び回っている。

今年4月から新たに「はまぎん こども宇宙科学館」館長に就任したJAXA技術参与・名誉教授 的川泰宣さん

今年4月から新たに「はまぎん こども宇宙科学館」館長に就任したJAXA技術参与・名誉教授 的川泰宣さん

横浜を拠点に情報発信基地へ

同宇宙科学館・館長就任の打診があったのは2011年8月。多忙な毎日を送る的川さんは受諾するかどうか迷っていた。ところが、同10月、講演中に倒れ入院することに。その時、「やり残したことがいっぱいある。この科学館でそれができるかも」と思い直し、受諾したという。
「幼い共感と感動が未来を作る」が信念。「自分がどう生きるか、基本方針がぼんやりと見えてくるのが小学5年生くらいだと思う。その大事な時期に、家族がしっかりと寄り添っていく必要がある。科学の知識ももちろん大事だけれど、親子で一緒に来て、いろんな話をしながら、ここを親子の絆を深める広場として使ってほしい」と的川さん。さらに「横浜は大きな街なので、その横浜を拠点に、全国の科学館の情報発信基地として、科学館のネットワークを作れたら」と抱負を話す。

▼的川青年、宇宙工学を志す
広島県呉市で生まれた的川さんは、星空を眺めるのが好きな少年だった。中学時代には、ペンシルロケット(戦後初の研究用ロケット)の発射(1955年)を知り、高校時代には、中学時代の仲間らと共に、夜空に点滅するスプートニク(世界初の人工衛星)を目に焼き付けた(57年)。さらに、大学生だった61年、ソ連(現ロシア)の宇宙飛行士・ガガーリンが世界初の有人宇宙飛行に成功したニュースを聞いた。
そんな的川さんが、宇宙を本格的に志したのは、大学2年生の時。進路に迷っていた的川さんは「自分がどういう時代に生きているのか、それが分かれば、その時代に一番大きな貢献ができる」と考えたという。
そして、頭に浮かんだのが、夜釣りの時に見上げていた星であり、ニュースで聞いたペンシルロケットだった。これからの時代を「人類が宇宙に進出していく時代」ととらえた的川さん。「自分が設計したものが宇宙にいくのはおもしろい、これぞ男子の学問だ」と、東京大学に開設された宇宙工学コースを専攻したという。

▼「はやぶさ」とあきらめない心

日本人の心に、深く感動を残した小惑星探査機「はやぶさ」。2003年5月に打ち上げられ、イオンエンジンの実証試験を行いながら、05年9月に小惑星イトカワに到着。サンプル採集を試み、7年の歳月をかけて、「はやぶさ」は60億kmの旅を終え、満身創痍になりながらも、2010年6月13日、地球に帰還した。
これまで、燃料漏れや通信途絶など、何度も危機が訪れたが、地上の技術者たちは、そのたび粘り強い働きでそれを乗り越えた。例えば、05 年12月8日に起きた通信途絶(行方不明)では、若いスタッフたちが、連日連夜、長野県の通信所から、10数万回にわたり「はやぶさ」に(信号を送り)呼びかけた。その後、翌年の1月23日、ついにはやぶさから便りが届く。チームは躍り上がって喜んだという。
どんなピンチが訪れても、技術者たちは想定外をみんなで共有し、議論をやめなかったという。技術者たちは好きな仕事に強いこだわりを持つ。危機を救った大きな勝因は「あきらめない心」だったと的川さんは振り返る。
困難な旅路を不屈のオペレーションで乗り越えて帰還した「はやぶさ」に、多くの人々は自分の人生を重ね合わせ、深く感動を覚えてきた。特に、地球の大気圏に突入し、本体が燃え尽きる最後のシーンは、多くの日本人の共感を呼んだ。

▼宇宙の進化の中で、奇跡的に生まれた「いのち」
宇宙の歴史を語るとき、137億年を365日に縮める「コスモスカレンダー」という考え方があるそうだ。それによれば、宇宙が誕生したのは、1月1日の午前0時で、太陽系が誕生したのは、8月31日。類人猿が誕生したのが、12月31日となるという。
「命は宇宙の進化の途中で生まれて、今も生きている」。このように、一貫したストーリーを作ることができたのは、「人間だけが持つ頭脳があったからだ」と話す。
そして的川さんはいう。「私たちの一人ひとりの体は、宇宙の進化の中でかなり奇跡的にできたのです。私の命も、みなさんの命も一人ひとりの命に何も区別はありません」。

▼宇宙教育を通し、地域と家庭をつなぐ~ 感動がすべての基本

的川さんが社会教育活動の必要性を感じ始めたのは、1990年代半ばごろ。当時、殺人や暴力、いじめなどの事件が頻発したことから、「子どもが育つ家庭環境に問題があるのではないか」と考え、「家庭を軸にした教育活動を社会教育としてやっていく必要があると思った」と的川さん。JAXA在職中は、宇宙教育センターを設立し、退職後は、NPOのKU-MAが実践する「宇宙の学校」などの取り組みを通して、家庭や地域をつなげる活動を行ってきた。
「宇宙の学校」では、自然や生き物と接することによって、「命の大切さ」に気づき、宇宙に関連するさまざまな素材を活用して、子どもの好奇心・冒険心・匠の心を育んでいくことがコンセプト。「まずは、自然と戯れ、生き物と親しむなどそのものにふれあうことが大切。科学はその後。例えば、(今月21日にある)金環日食を見て『わぁ、おもしろいなあ』と、感動する気持ちがあって、初めて研究したいと思うわけです。感動がすべての基礎になる」と話す。

▼宇宙を素材に、多彩な活動ができる「新しい科学館」を

それでは、実際の社会教育施設としての「はまぎん こども宇宙科学館」について、的川さんはどんな新しい取り組みを考えているのだろう。「地域の力をどうやってアップさせるかという今の時代、全国にたくさんある科学館は、ポテンシャルとして、とても大切な役割を果たせる施設だ」と的川さん。同科学館について「人の輪を作っていく拠点、社会教育の拠点に育てたい」と話す。

2012年5月21日の金環日食の解説投影もある「はまぎん こども宇宙科学館」の宇宙劇場ドーム

2012年5月21日の金環日食の解説投影もある「はまぎん こども宇宙科学館」の宇宙劇場ドーム

まずは、近くの子どもたちやお父さんお母さん、おじいちゃん、おばあちゃんが集まって、子どもとの絆を深める「広場」にしたいという。そして、新たな取り組みとして「例えば、音楽家でも美術家でもスポーツ選手でもいい。プロフェッショナルな人と宇宙とのつながりを見つけて、その人の側面を紹介するようなことを考えている」。さらに「必ずしも理科教育のためだけの場所ではない。宇宙の持つ普遍的で多彩な側面を素材に、音楽や国語の先生も親も『子どもを連れていきたい』と思うような活動ができたら」と話す的川さん。
この科学館で人々の「生きる力」を養っていきたい。「あそこに行くと、なんだか元気が出るんだよね、といわれるような、そんな『新しい科学館』をみんなで創り出していきたいですね」とニッコリ笑った。

【的川泰宣氏プロフィール】
JAXA(宇宙航空研究開発機構)名誉教授・技術参与、東海大学教授、NPO法人「子ども・宇宙・未来の会」(KU-MA)会長、日本宇宙少年団副本部長、日本学術会議連携会員、国際宇宙教育会議日本代表。
東京大学大学院工学研究科航空学科専攻博士過程終了。東京大学宇宙航空研究所、宇宙科学研究所教授・鹿児島宇宙空間観測所長・対外協力室長、JAXA執行役を経て現職。工学博士。
ミューロケットの改良、数々の科学衛星の誕生に活躍し、1980年代には、ハレー彗星探査計画に中心的なメンバーとして尽力。2005年には、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙教育センターを先導して設立、初代センター長となる。著書は、『的川博士の銀河教室』(毎日新聞社)、『人類の星の時間を見つめて』(日刊工業新聞社)ほか多数。1942年2月23日、広島県生まれ。

【関連記事】
はまぎん こども宇宙科学館で、「金環日食観察会」-天文スタッフの解説を聞きながら、太陽望遠鏡やピンホールカメラ、日食メガネで観察しませんか? | かなマグ.net
http://kanamag.net/archives/35674

▽リンク
KU-MA 子ども・宇宙・未来の会
http://www.ku-ma.or.jp/
はまぎん こども宇宙科学館
http://www.sciencemuseum.jp/yokohama/

この記事を印刷する