三浦半島最南端にある漁港・三崎港。マグロ水揚げの町として知られるこの地域を拠点に活動する団員数30余人の小さな児童合唱団がある。1967年に結成された「かもめ児童合唱団」。「規律正しい」合唱団スタイルを小気味よく裏切る元気な歌声を港町に響かせる子どもたちは、フォーク・シンガー杉田二郎さんのデビュー45周年記念アルバム(4月11日発売)にゲストとして参加し「戦争を知らない子供たち」を歌うなど、活動の場を広げている。「港町を歌の町にも」と、同合唱団をプロデュースしながら三崎の町の活性化を目指す音楽プロデューサー・藤沢宏光さん(52)=三浦市=に聞いた。
「『何だこれ?』……というのが第一印象でした。100年も前の重々しい日本歌曲『城ヶ島の雨』が、ウクレレを使ったアレンジで、まるで演歌とハワイアンが混じったような曲調になり、子どもたちが新曲のように歌っていておもしろかった」と、藤沢さんは2008年に初めて同合唱団の子どもたちの歌声を聞いた時の印象を語る。
合唱団の主な活動は、市内2カ所で地元の子どもたちを集めて行う週1回1時間半のレッスンと、近隣地域のイベントや老人ホームの慰問。地域の様々な場所で日頃の練習の成果を披露している。
合唱団を立ち上げ、40余年にわたって指導にあたるのは、声楽家の小島晁子(ちょうこ)さん(71歳)=同市小網代=だ。これまでに指導した児童は400人を超え、「親子3代かもめ育ち」もいる。
合唱団は、下は4歳から上は中学1年生までの男女混声。そろいのベレー帽をかぶり、あどけない表情で目をキョロキョロさせながらステージに立つ。集中力が散漫になりがちな子どもたちだが、ワンステージ15曲ほどを歌詞の意味を理解しながら、間違えずに最後まで堂々と歌い上げる姿は圧巻だ。
かもめ児童合唱団は「三浦市出身の作曲家・小村三千三の童謡など同市ゆかりの曲を、後世に歌い継ぎたい」という小島さんの思いからスタートした。
最初の20年間は、声量や音程をそろえる芸術性を追求する従来の合唱スタイルを取り入れて指導していたという。しかし、三崎の子どもたちは、一人ひとりの声の個性が強すぎたため、歌声を合わせることが難しく「芸術的な合唱をあきらめざるを得なかった」という。
小島さんは、遊び盛りの子どもたちを無理に押さえつけるような、優等生的な歌わせ方にも疑問を感じ、「子どもたちが生まれ持った声をそのまま生かすことを大切にして、のびのびと歌わせるようにしたら、教える側も歌う子どもたちも楽しくなった」と続ける。
「昔の曲を子どもたちが親しみを持って、リズムに乗って楽しく歌えるように編曲を工夫するなど、徐々に合唱の指導の方針を変えていった 」と小島さんは、これまでの歩みを振り返る。
かもめ児童合唱団は、2010年に初のアルバム「焼いた魚の晩ごはん」を発売。これまでにシングル2枚を含む計3枚のCD作品を世に送り出している。CDの企画・制作 にも関わっている藤沢さんは、「音楽に携わる仕事がしたい」と、20歳で広島から上京。著名なミュージシャンのマネージメントやコンサートスタッフとしての経験を積んだ後、30歳頃から本格的に音楽プロデューサーとして活動を開始。三崎には趣味の磯釣りをきっかけに、8年前に移住した。以来、自宅と都内のスタジオを行き来する生活を続けてきた。
藤沢さんと同合唱団との初めて出会いは2008年。三浦市の文化関係者から「かもめ児童合唱団を一度見てほしい」と声をかけられ、偶然コンサートを見たのが最初だった。音程や声量を合わせるのではなく、子どもらしくのびのびと歌っている独自のスタイルに従来の合唱にはない魅力を感じ、「作品に残したい」とCD制作をすぐに開始したという。
CDアルバムには、三浦市出身の作曲家・小村三千三の童謡「まっててね」や北原白秋が作詩した「城ヶ島の雨」 など地元ゆかりの歌をはじめ、矢沢永吉の「アイラブユーOK」やスピッツの「田舎の生活」など、1970年代から2000年頃までの日本のポップスやロックアーティストの楽曲やブラジル音楽など多数収録している。
叫ぶように元気いっぱいに歌う子どもたちの無邪気な歌声や、ボーイソプラノの澄んだ歌声と美しいハーモニーが聞きどころ。大人びた歌詞の言葉ひとつひとつが胸に響き、そのギャップに思わず微笑みながらも、何か懐かしく、大切なことを思い出して自然と涙が頬をつたう――。「爽やかに泣ける」良質なアルバムに仕上がっている。
藤沢さんが特に気に入っている「城ヶ島の雨」は、一流のジャズミュージシャンとセッションしたような緊張感あふれるサウンドアレンジが魅力だ。子どもたちの歌声との相乗効果で、100年前の歌とは思えないほど、まるで新曲のように新鮮に聞えてくる。
初のアルバムは、「音楽業界や映画関係者からの反響が大きかった」と藤沢さん。子どもから大人まで幅広い世代に受け入れられている。
長年音楽プロデューサーとして、一流ミュージシャンと関わってきた藤沢さんの耳には、かもめ児童合唱団が歌い継いでいる三浦市出身の作曲家・小村三千三の童謡「まっててね 」は、どのように聞えているのだろうか? 「小村三千三さんの童謡は、昭和を感じさせる懐かしいメロディラインで、譜割りと歌詞の相性がすばらしい。イメージが膨らんで、アレンジしがいがあった」と、藤沢さんは、制作時の思い出を語る。
収録した楽曲の選曲基準については、「子どもたちの個性が生きて、楽曲の良さが生きる曲を選んだ」と、藤沢さん。「記録として古い歌を保存することを目的にするのではなく、多くの人に受け入れられ、 ずっと手元に持って繰り返し聞きたくなるような、商品価値の高い作品を目指した」と物静かに語った。
子どもたちのアルバムが売れることで、かもめ児童合唱団の活動拠点である三崎に活力を与えたいという願いも込められているという。おおらかに、のびのびと歌う子どもたちの姿を見て、「この町で子育てをしてみたいと思ってもらえたらうれしい」と藤沢さん。
2011年3月11日の東日本大震災後、しばらく中止していた自主ライブイベント「空き地ライブ」も、この春から再開するつもりだという。「土地ごとにゆかりのある歌があるはず。かもめ児童合唱団のような、かわいい歌の語り部が、もっと増えたら、この町はもっと面白くなる」と期待する。
4月発売の杉田二郎さんのアルバムで「戦争を知らない子供たち」を歌う合唱団。1971年のオリジナル発売から41年を経て、戦争はおろか、当時の反戦運動を知らない三崎の子どもが歌うこの「反戦歌」が、今の社会にどのように響くのか…。藤沢さんは反響を楽しみにしている。
▽リンク
かもめ児童合唱団オフィシャル・サイト
http://www.kamome-miura.net/
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http://kanamag.net/archives/27451
杉田二郎 かもめ児童合唱団(三浦市)『戦争を知らない子供たち』PV/ニューアルバム「戦争を知らない子供たちへ」より
http://youtu.be/Tm1KUgF3c5Y